広告代理店に勤務していた頃、「電通鬼十則」を教わった。今では「電通問題」に関わる諸悪の根源であるかのように、一部のマスコミは取り扱うが、それはやや短絡的だと思う。広告業界の仕事はかなり厳しい、というのがかつてこの業界で働いた私自身の実感である。この世界では「締め切り」は絶対であり、「すみません、間に合いませんでした!」は許されない。そんな厳しい仕事の中で、鬼十則は「球際に強くなる」ための心得だと解釈している。
長時間労働、過労死、パワハラなど、“ブラックな”働き方(と言うよりも働かせ方)に起因する問題が、次から次への表面化している。この問題の本質は、働き手であるヒトをモノと同様の「道具」として捉えている点にあるのではないか?経営資源は、「ヒト」「モノ」「カネ」と言うが、ヒトはモノやカネとは全く異質で、複雑でありかつ繊細なリソースである。人材不足だからと、慌てて採用しようとしても、簡単には確保できていない企業が世の中にあふれている現実が、ヒトというリソースの特性を象徴している。であるが故に、私は「人材と経営資源」というふうに分けて扱っているのだ。
モウレツな働き方=悪いということはない。勤労は、収入を得るだけにとどまらず、能力の発揮を通して社会に貢献する活動であり、仕事に情熱を持ち、誠心誠意取り組む姿勢は尊い。仕事重視のライフスタイルも1つの生き方である。そもそも「ワークライフバランス」とは、働く手それぞれが自らの価値観、人生観、勤労観に応じて決めるべきものである。「モウレツ」も「のんびり」も、どちらも正しい選択だろう。大切なのは、多様な働き方を許容することであり、そのための仕組みを企業、さらには社会全体でつくり上げていくことではないか。企業が人材を確保する難易度は今後さらに増すであろうが、多様な働き方を実現できる企業は、多様な能力と個性を持つ人材を確保することができ、この乱気流が渦巻く経営環境の中でも着実に生き残っていくのではないか。