ITの進化に伴い、あらゆる価値がデータで計測される場面が増えている。「データ至上主義」とも呼ばれるが、数値化が人間の先入観や偏向を排除することに有用な面があることは間違いない。しかしながら、データ至上主義が新たな偏りや歪みを生じさせる可能性も否定できない。
今月初旬の日経朝刊では、「買いたたかれるベテラン」という見出しで、輝かしい実績を残しているMLB有力投手の「買いたたき」が取り上げられている。https://www.nikkei.com/article/DGKKZO52735280Y9A121C1MM8000/
近年のMLBでは、各選手の一挙手一投足がコンピューターでデータ化~解析されている。先発投手の場合、従来であれば「防御率」「勝利数」「投球回数」「クオリティ・スタート数」などが評価の対象であったが、現在重視されるのは「勝利貢献度」「成長曲線」「球の回転数」などの新たな尺度のようだ。「成長曲線」が重要な評価指標であるならば、給料がそれほど高くない伸び盛りの若手の評価は相対的に高くなり、逆に給料が高いベテランはコストパフォーマンスが悪い選手という扱いになるのは当然だ。高年俸のベテランをクビにして有望な若手を多く獲得するというのは、ある意味合理的と言える。コストパフォーマンスが高い選手を集めれば、たしかに理論上は低予算で好成績を残せる確率は高くなるが、エンドユーザーであるファンは必ずしも満足するとも思えない。なぜならば、ファンはすべてコンピューターのように合理的に判断するわけではないのだから・・・。ファンは、時としてひいきのチームが勝てなく熱狂するものだ。
関連して思い出されるのが、今から20年ほど前に日本で顕在化した「成果主義」の弊害だ。そもそも人件費抑制の合理的な「大義」として導入された成果主義だったのだが、結果的に個々の社員の業績(営業成績など)を過度の評価したことで、チームワークよりも個人の業績が優先され、職場がギスギスし雰囲気が悪くなったという現象も発生した。
いずれにせよ、数値をベースにしたコストパフォーマンスだけで人を評価することにはやや問題がある。全盛期が去り成績が今一つさえないベテランがひたむきに練習に取り組む姿勢は、データでは測ることができない。しかしながら、若手がその姿勢を学ぶことで成長できたのであれば、「成長曲線」に対する評価の幾分かは、ベテランのものと言っても良いだろう。
データには現れない無形の価値も意識しつつ、データと非データのバランスをいかにとるかが、より良い価値評価につながる。