できれば、もう少し早く出会いたかった・・・・・というのが本書。同じタイトルでP.ドラッガーの書籍もあり、たぶん世の中ではそちらの方が有名だろうが、大沢武志氏の書籍も名著といってよいだろう。

経営者の条件 (岩波新書)
大沢武志氏は、リクルート創業メンバーの一人で、人事測定研究所(現リクルート・マネジメント・ソリューション)代表を務め、SPI(適性検査)の生みの親とも言われる人物である。その著書「心理学的経営」は、人事に関わる仕事に携わる者であれば、一度は読んでおきたい教科書的なものである。

■「経営者の条件」とは?
本書では、経営者の役割、求められる能力、経営者として持つべき倫理観などが多面的かつ網羅的に整理され、「経営者とは何か?」を理解するのに有用である。
大沢氏は、経営者が必ず果たすべき役割として、①将来ビジョンの構築と経営理念の明確化、②戦略的意思決定、③執行管理 の3つを挙げている。経営者の条件を簡略にまとめれば、これらの役割を果すための能力を備え、かつ倫理観を持つことだと言える。
では、「経営者に求められる能力とは何か?」ということになるが、具体的な能力(コンピテンシー)として、革新的発想力、ビジョン構想力、ビジョン提示力、問題認識力、洞察力、目標指向力、具体化能力・・・・・といった感じで、30の要素が挙げられている。さて、これらの能力を兼ね備えた経営者が実際にどれだけいるのだろうか、と考えてしまう。個人的な見解だが、多くの経営者は、これらのコンピテンシー要素を一定程度保持しているが、その発揮レベルの高低にはバラつきがかなりあるというのが実情ではないか。求められる30のコンピテンシーを網羅的にかつ高いレベルで発揮しているのは、名経営者と言われる限られた人物だけだろう。他方で、名経営者とまではいかなくとも、会社を実際に経営している社長は世の中に存在しているわけで、「完璧な経営者」である必要はないし、不完全であることを自覚することが何よりも大切だと思う。まずは自分を知るために、30のコンピテンシーをセルフアセスメントのツールとして活用するのが良さそうだ。

■すべてを支配する経営者の倫理観
本書で最も印象に残っているのは、経営者としての倫理観に関する指摘だ。
営利企業に限らずあらゆる組織に共通するのだが、その構成員の実際の行動に最も影響を及ぼすのは、組織内の「規範」である。大企業でも不祥事が後を絶たないが、悪い企業風土の根幹である組織内の規範は、建前論ではなく本音ベースの「経営トップの倫理観そのもの」と大沢氏は断言している。特にオーナー企業においては、「経営トップの倫理的な姿勢がすべてを支配する」である。
大沢氏が所属したリクルートも、35年前に贈収賄事件を引き起こしている。創業オーナーである江副浩正氏の暴走を経営陣として止められなかったことを自責している。江副氏は、日本の経済史において卓越したベンチャー起業家だと言っても過言でないと思っているが、リクルートの業容拡大や社会的信用の向上とともに、経済界にとどまらず政界ともつながりも深くなる状況が「『人』を変えた」(大沢氏評)。「かつての江副からはかけ離れた独善性や尊大さが時おり見られるようになっていた」と指摘している。
オーナー経営者に関わることが多い中小企業診断士は、経営者の倫理観への目配りも欠かしてはならない。社内で絶対的な支配力を持つオーナー経営者に対してもの申せる幹部、社員はなかなかいないのは当然のことである。客観的な目線からの的確な諫言は、結果的に経営者を守り、企業を守ることになる。